恩人。言葉にできない苦悩を受け止めてくれていた保健室の先生。

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「あずみさん、おはようございます。
今日は出張で留守にしています。
せっかく登校してきたのにごめんなさいね。
今日一日あずみさんがしたいように
過ごしてごらん。
月曜日にまた笑顔で会いましょう!」


高校時代、不登校気味だったわたしが
唯一、拠り所にしていた保健室の先生。


来るか来ないかわからないイチ生徒のために
保健室の扉に
こんな手紙を貼っておいてくれたりした。
.


当時、学校に行けない理由は
まったく言葉にならなかった。

何に苦しんでいるのか
わたし自身がわからなかったのだ。


とにかく頑張れない。



あれこれ、それらしい原因を見つけて
助言をくれる人。
これだけはやってみよう!と
最低ラインを提示してくれる人。

クラス担任も、教科担任も、友人たちも
どうにか力になりたいと思っていたに違いない。


でも、わたしの心がほどける時間は
ほとんど訪れなかった。
.


保健室の先生は
他の人と何が違ったのだろう…

決して、甘やかす感じではなかったと思う。

けれど
決定的に何かが違う。


この人の前では普通に息ができる。

心が休めているのが自分でもわかった。
あの無感覚に近い時でさえ…



今になってわかるのは


生徒としてどうあるべきか
進路として今どうすべきかよりも

わたしが
‘ちゃんと生きられている’か?という部分に
フォーカスしていてくれた人なのだ。


学校生活や進路の話は

‘ちゃんと生きられている’という上に
はじめて成り立つもの。


そう彼女が見たときに

きっとわたしは
ちゃんと生きられていない姿だったのだろう。

自分がどう感じているかすら
わからないのだから。


ただ、学校生活や進路の問題と違って
その姿は「解決」の必要がない
とも思っていたんじゃないのかな。


彼女の姿勢は一貫して「受け止める」だったと
記憶として残っている。


でも、過去に経験のない不登校の生徒を前に
どう接したらよいか?と悩み
あまりの辛さに
「解決」へ向かってしまいたくなる衝動を
堪えていたかもしれない。
.


あれから20年。

当時、お互いにどんなことを感じていたのか
紐解かれるときが来た!

なんと

先生が、都留の家まで
遊びにきてくれることになったの!!
(電車で3時間以上かけてまで)

うれしくて♪
うれしくて♪

‘ちゃんと生きられている’姿を見せられることが。

先生!いろんなことを感じて生きてきたよ!


死ななくてよかった!
生きててよかった!!

あー本当によかった!!!



暮らし空間創造AtoZ
矢野あずみ

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「暮らしと空間から ‘わたし’ を見つめる」

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矢野あずみ
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