苦しさの裏側に眠る「大切にしたいこと」

f:id:yano-azmie:20170519132752j:plain
これは15年以上前の、建売物件の発注書。


幼い頃から
家の空間のことを考えるのが
大好きだった少女が

念願の建築士の資格をとり
憧れ続けた建築設計の世界へ入って
いちばん最初に携わった家。

この時の高揚感は
今でも鮮明に憶えてる。


でも、これ以降
ワクワク・キラキラの記憶はほとんどなくて
段々と苦しさだけが増していったの。



わたしが勤めていた建築設計事務所
建売物件やマンション・アパートの
設計下請け業務が主で

発注書通りの標準的な広さや間取り。
法律をかいくぐるための歪な屋根形状。

同じ条件の家を並べて計画したり
以前やったパッケージのアパートを
反転させただけの図面を作ったり。


来る日も来る日も機械的な作業で
本当に本当に苦しかった。


次第にわたしは、心に目隠しをして
仕事をこなすようになっていって

身も心もスカスカボロボロになって
事務所を辞めた。
(だいぶ端折ったけど大体そんな感じ)



人生の大きな挫折を味わった。

と同時に

地球に何棟も何棟も
とんでもない家をポコポコ建てるという
悪事に加担してしまった!

っていう
罪の意識まで芽生えてきて

建築設計をやっていたことを誇れないどころか
記憶の闇へ葬ってしまいたいくらいだった。


それなのに、ここ数年
再び建築の世界と関わる流れがきていて

古傷がうずく、うずく。

「設計だけはやりたくない」

と、頑なに閉じていた目を
おそるおそる薄目にしてみて
ようやく見えてきた!



苦しさの原因は
そこに

「住む人の心」が
出てこなかったからだ、と。


建売物件だろうと
人の動きとしての心地よさを考えながら
設計してはいたけれど
どうしてもそれは‘標準的’であって。

住む人の微妙な感覚に触れられないまま
家を設計することは
わたしにとって
とてつもなく苦しいことだったんだ。


そして、
人や人の心と触れ合えなかっただけじゃなく
図面や書類上の関わりだけで終わってしまい

ただの一度も
実際に完成した空間を味わえなかったことも
むなしさだけが募る大きな原因だったんだ。



この苦しさの裏側には

わたしが
本当に本当に本当に
大切にしたいことが眠っている!!!


家とは
住む人の心と空間が響き合い
それを感じ、味わい、やすらげる場所。


家族みんながやすらぐ日常の風景。

空間を眺めていた幼い頃からきっと
わたしはこのことを胸に抱いていたんだね。

そして今も、これからも・・・♡


矢野あずみ