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「違う」ことは「寂しい」ことではなく・・・

今日、1月11日 ようやくお休みモードも抜け 新年のスタートを切った感触。

ゆっくり、ゆっくり。 それでいい。

12月から年明けまで 人とのつながり 特に、夫婦関係について ずーっと考えさせられていた。

「なぜこの人と一緒にいるんだろう」と。

そして今 小さな着地点を見つけ ひと呼吸ついたところだ。

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わたしと夫は 「当たり前」と思っていることや 思考回路が、本当に、全然違う。

何なら使っている言語も違うってくらい。 本当に、全然違う。

異文化コミュニケーション。

お互いに理解しようとしても チンプンカンプンなのだ。

そもそもの出逢いは 「共通」の趣味である野球観戦なんだけど

同じ試合を球場の同じ位置から観ていても 観ている場所やシーンが あまりにも違うということに とっても驚いたことがある。

共有した時間の楽しさとは裏腹に 心に冷たい風が吹き、不思議だった。

「違う」=「寂しい」

違うことは寂しいこと。 と変換して生きてきたわたし。

違ったら 話し合いという名の争い。 正義、常識、擦り合わせ、歩み寄り 犠牲、妥協、解決策、新ルール

そして、どうしても拭えない 解り合えないという寂しさ

という世界の中にいたから この時はまだ 別の発想は浮かんでこなかった。

けれど 傍で、淡々とずっと 「オレはこうだから仕方ない」と 絶対に争おうとせず 無理やり変わろうともせず

もちろん わたしを無理やり変えよう ともしない夫がいたことで

モノの見え方は一つではないこと。 楽しみ方は人それぞれであること。 それも、これも、 みんな大切な感性であって 一つに絞ることも 争ってどちらかに軍配を上げることも 必要のないことなんだと実感していった。

ゆっくりと 優しい安心の世界を知っていった。

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人は同じように見えても 必ずどこかに違いがある生き物。

「同じ」ところを 見つけたり作ったりすることを 幸せの前提にしていると 必ずどこかで「そうでない」点に辿り着く。

そこでまた争う? もう疲れたね。

このカラクリから抜け出ると

「違う」ところを見つけることが楽しい 「違う」ままでいい世界が待っている!

自分だけ、同士だけじゃ見られない景色が 相乗効果で広がっていく。

いつの間にか 「違う」=「喜び」 って変換されるようになる。

「違う」は 発見も、刺激も、広い視野も連れて来てくれて

わたしはこういう体験 こういう人生を送りたいがために わざわざこの人に惹かれ、選び ともに生きているんだな~と着地した。

【違いを楽しむ人生】 ますますどんどん刺激的に! 生きている実感とともに!!

矢野あずみ