一本の軸

夫と2人の子供と暮らすことについて

4人で家族で わたしは妻であり母親であることは 間違いないんだけど

言葉で表現するなら 「共同生活」という感覚が強い。

自分も含めて それぞれに一本の軸が 通っているのが見える。

その軸は例えば 時間の軸だったり 感性や価値観の軸を兼ねていて

その人特有のモノサシみたいなもの。 (個性と言えるのかな)

で、家族はこの惑星における いちばん小さな社会(共同体)で

我が家で言うと、4本の軸が 家のなかやそれぞれのフィールドで うろうろ好きな動きをしていて

みんなで出かけるとなれば 何となく一つの束になって移動する感じで

その時だって、決して 4人に1本の軸を通すのではなく 4本の軸がふんわり一つの束になる感覚。

生まれたばかりの赤ちゃんも 立派な1本の軸が通っているんだけれど

実際は 誰かの手を借りないと食べられなかったり 移動できなかったりするから

手を貸してる側の、主にお母さんが まるで自分と子供は1本の軸であると 錯覚してしまう氣がする。

錯覚なのだから その1本に思える時期は 「短ければ短いほどいい」と わたしは思う。

母子が1本の軸で過ごす間は 「愛情」という名のもとに どちらかが軸を明け渡していると 客観的に見ていられればいい。 期間限定で。

ある時期を過ぎたら わたしの軸と彼らの軸を分けて わたしはわたしの軸に 誠実に暮らすことへ意識を向ける。

そうすることが 彼らの軸を尊重することにつながる。

そしてこの小さな社会(共同体)が 健やかに、円滑に、 幸せに満ちたものになると知ったから。

とにかく どんどん子供の領域から手を引く。 わたしはわたしの軸に誠実に暮らす。

ただそれだけ。

矢野あずみ