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わたしらしい生き方を教えてくれた最強サポーター

わたし、ずっと

自分の生き方がわからなかったんです。

 

自分が何を望んでるのかも

本当はどんなことをしたいのかも

夢を描くのもすごくすごく苦手でした。

 

それ以前に

わたしにも「自分の人生があるんだ、へ~」

ということに氣づいたのが21歳とかで

 

自分の足で「人生を歩き出したな」

と実感できたのは25歳頃というくらい。

 

だいぶ長い間、

何だかボヤ~っとした世界の中を

いつも何かしらの苦しみとともに

生きていた感じでした。

 

 

「自分の人生があるんだ、へ~」と思ってからは

手探り状態で、いろんなことに突き進んでは

思いっきり壁にガツンッ!

あーこっちじゃないのかー

これも違うかー

なんて、どうにか生きてきたわけですが

 

 

生き方を模索しているわたしを

そうっとサポートしてくれていたのは

暮らし(住空間)でした。

 

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「どう生きたいんだろう」

「わたしは本当はどう思ってるんだろう」

と心に問いただし続けても

コレという答えはそうなかなか浮かびません。

なんせ、模索中ですから・・・(笑)

 

でも、そんなときに暮らし(住空間)は

目に見えるカタチでわたしに教えてくれたのです!

 

あ~氣持ちいいな~

最近料理が楽しいな~

あれ、邪魔だな!

あー!!イライラするー!!

あの部屋、帰りたくない。。。

などなど

 

こんなことを感じて、はじめて

自分の望みや、心地いい生き方を

知ることができたんです!!

 

 

知ったら

その望みに暮らし(住空間)を『そろえる』

 

また何か感じて、氣づいたら

その望みに暮らし(住空間)を『そろえる』

 

模様替えでは限界があれば引っ越し!

それを何度も繰り返しました。

(おかげで引っ越し7回!)

 

 

でも、ハッキリと見えるんです!

 

生き方がどんどんシンプルになって

心も軽くおだやかになっていくのが!

 

しかも、

暮らし(住空間)とのズレや揺れが出てきても

その幅が狭いうちに

敏感に感じとれるようになっていきました。

 

 

自分と暮らし(住空間)がそろうと

とにかく氣持ちいいんです!

 

お家がわたしを

等身大で!わたしのまんまで!

いさせてくれる♡

 

そのことが

生きることへの安心感を

与えてくれたような氣がします。

 

 

暮らし空間創造AtoZ

矢野あずみ

家をほめられると嬉しい!

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「あずみさんの家、やっぱり落ち着く」

そう言ってもらえることが
わたしは大好きです。

まるで、わたしがほめられたみたいに
とっても嬉しくなります。


なぜだろうと考えてみたら
そのまんまでした!


それは、家=わたし
だからです❤


家は、
わたしの生き方
わたしそのもの

「落ち着く」って言われたら
嬉しくなるのも当然です。



着飾らず、自然体であること。

そんな生き方の模索を
家という空間とともに歩んできました。



夜の顔も結構いいです🌛

苦しさの裏側に眠る「大切にしたいこと」

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これは15年以上前の、建売物件の発注書。


幼い頃から
家の空間のことを考えるのが
大好きだった少女が

念願の建築士の資格をとり
憧れ続けた建築設計の世界へ入って
いちばん最初に携わった家。

この時の高揚感は
今でも鮮明に憶えてる。


でも、これ以降
ワクワク・キラキラの記憶はほとんどなくて
段々と苦しさだけが増していったの。



わたしが勤めていた建築設計事務所
建売物件やマンション・アパートの
設計下請け業務が主で

発注書通りの標準的な広さや間取り。
法律をかいくぐるための歪な屋根形状。

同じ条件の家を並べて計画したり
以前やったパッケージのアパートを
反転させただけの図面を作ったり。


来る日も来る日も機械的な作業で
本当に本当に苦しかった。


次第にわたしは、心に目隠しをして
仕事をこなすようになっていって

身も心もスカスカボロボロになって
事務所を辞めた。
(だいぶ端折ったけど大体そんな感じ)



人生の大きな挫折を味わった。

と同時に

地球に何棟も何棟も
とんでもない家をポコポコ建てるという
悪事に加担してしまった!

っていう
罪の意識まで芽生えてきて

建築設計をやっていたことを誇れないどころか
記憶の闇へ葬ってしまいたいくらいだった。


それなのに、ここ数年
再び建築の世界と関わる流れがきていて

古傷がうずく、うずく。

「設計だけはやりたくない」

と、頑なに閉じていた目を
おそるおそる薄目にしてみて
ようやく見えてきた!



苦しさの原因は
そこに

「住む人の心」が
出てこなかったからだ、と。


建売物件だろうと
人の動きとしての心地よさを考えながら
設計してはいたけれど
どうしてもそれは‘標準的’であって。

住む人の微妙な感覚に触れられないまま
家を設計することは
わたしにとって
とてつもなく苦しいことだったんだ。


そして、
人や人の心と触れ合えなかっただけじゃなく
図面や書類上の関わりだけで終わってしまい

ただの一度も
実際に完成した空間を味わえなかったことも
むなしさだけが募る大きな原因だったんだ。



この苦しさの裏側には

わたしが
本当に本当に本当に
大切にしたいことが眠っている!!!


家とは
住む人の心と空間が響き合い
それを感じ、味わい、やすらげる場所。


家族みんながやすらぐ日常の風景。

空間を眺めていた幼い頃からきっと
わたしはこのことを胸に抱いていたんだね。

そして今も、これからも・・・♡


矢野あずみ